関塾ひらく「インタビュー」 各界で活躍する著名人に教育や経営をテーマとしたお話を伺いました。
株式会社桜ゴルフ 代表取締役 佐川八重子氏
苦難の時代を生き抜く人生哲学
 
Profile
1944年千葉県生まれ。
千葉経済大学附属高校卒業。
文化服装学院本科終了後、1966年(株)東洋ゴルフ入社。1970年、桜ゴルフを設立。翌71年、株式会社に改組。
現在に至る。
東京・銀座の本社のほか、新宿、千葉に支店をもつ。
(株)桜ゴルフ研究所代表取締役、日本囲碁普及振興会会長なども兼任。


弱冠26歳で創業し、当時信用の薄かったゴルフ会員権ビジネスに革命を起こすべく、お客様の立場にたったコンサルティング営業を提唱してこられた株式会社桜ゴルフ代表取締役、佐川八重子氏。37年にわたる経営人生の中で学んでこられた人生哲学をお伺いしました。

経済変動の直撃を受ける産業でありながらも、好景気に浮かれることなく「経営は地味の連続なり」を実践してこられた佐川氏。ゴルフ業界の信頼獲得を使命に、道なき道を切り開き、前進してこられた佐川氏の体験から、事業とは、ただ利益を追求するだけでなく、お客様に有益で、社会へ貢献することがいかに大切であるかを考えさせられます。

人生を左右するゴルフ場体験


 高校2年の春、私は叔父に連れられて行ったゴルフ場で衝撃を受けました。当時のゴルフは、一握りの特権階級のスポーツ。ゴルフ場はハイソサエティが集う華やかな場所でした。
一方で、高校時代は将来、何か創造する仕事に就きたいと考えていました。ちょうどテレビが出始めた頃で「布の魔術師」と呼ばれたピエールカルダンの魅力にとりつかれて、ファッションデザイナーになることを夢みました。卒業後は文化服装学院へ通い、デザイナー修行をしていました。
そんなある日、ゴルフ場会員権の売買をする会社の求人広告が目に止まったんです。その広告を見た瞬間、高校時代にゴルフ場で垣間見た別世界の印象がよみがえり、この業界に飛び込んだ訳です。
最初の2年間は秘書として働き、その後3年間は営業を経験しました。当時はゴルフ会員権業者が2〜3社しかなかったんですが、信用の薄いものでした。それというのも会員権の仕事には、新設コースの募集と既存コースの売買の2つがありますが、当時は新設コースの募集は低額で乱売され、世間からひんしゅくを買っていました。
私たちの仕事は既存コースを対象に、限られた予算をいかに有効に使うかをアドバイスするコンサルティングビジネスです。「これほど意義のある仕事が社会で認知を受けないのはおかしい」と依怙地な正義感に燃えていました。これが独立のバネになったと思います。
夢は果てしなく広がり、「ゴルフ場会員権売買を必ず認知のある業種にして、会社を上場するんだ」と意気込んでいました。

マイナスをプラスに変える発想

1人間、苦労が多いと知恵や力が育つものです。あえて景気の悪かった昭和45年に独立を考えたのも、景気の悪い時代こそ、商品が溢れていて営業力を試せるのではないかと思ったからです。創業にあたっては、勤め時代の経験を全て反面教師に活かしました。
私が営業で勤めていた会社は東京・日本橋茅場町でしたので、「場所が良ければ人が来てくださり3倍の仕事ができる」と思い東京・銀座に5坪ほどの小さな事務所を借りました。
次に着手したのが広告です。少ない資金ですからわずかなことしかできませんが、新聞とスポーツ紙に、私の名前入りで「あなたのゴルフプランは、私にお任せください」という信用広告を出しました。10周年から、今の広告「草分けとしての使命を」に変わっております。このコピーは心の底から出た言葉です。
創業時には、上場企業と衆参議員にも案内状を送っていたんです。周到でしたね。
平日は電話で、夜は訪問営業をし、土日は練習場やゴルフ場へと休みなく働きました。仕入れる資金も少なく、お金を寝かせない仕事の展開をしなければならず「どうかキャンセルにならないように」と祈るような毎日でしたので、当然ながらかゆいところに手が届く仕事ができたと思います。
次第に、高度成長期の波に乗って3年間で32億も売り上げました。今で言うと100億の売り上げだと思います。「売り上げが恋人」だと言っておりました。
努力の結果得たものとはいえ「自分の力だけで稼いだお金ではない。人によって与えられたものだから、どこかにお返ししたい」と考えました。小さい頃からおばあちゃん子でしたし、将来はお年寄りのために尽くしたいなという思いもあって、相当額を特別養護老人ホームに寄付させていただきました。社会にお役に立てたことで、その後の自信につながりました。
また、アフターサービスとして手掛けた経済、趣味などの話題などを折り込んだふれあいの情報誌『桜の友』の発行も信用につながったと思います。


会社の節目の年は苦難の連続

 これまでの道のりを振り返ると、山あり谷ありの連続でした。高度成長、 二度にわたるオイルショック、バブル、バブル崩壊後の長期にわたる不況と、沢山の試練をくぐり抜けてきました。その間大きな出来事が2つありました。
一つは創業10周年の集大成として関わったゴルフ場経営で、大きな蹉跌を踏んだことです。共同経営者の背信行為によって、ゴルフ場経営からの撤退をやむなくされました。長年の夢を断念すると同時に、5億円相当の返済責任を背負うことになりました。家をはじめ、全ての私財を投げ打ち、返済には14年もかかりました。
もう一つはバブル崩壊後の打撃から、ゴルフ場の権利が20分の1にまで下がり、ゴルフ界の信用を失ったことです。そもそもゴルフ場の問題は、乱開発による供給過剰と、預託金の償還不履行がゴルフ場の価値を下げたのです。日本のゴルフ場の会員権は90%以上が預託金制ですが、会社側は返済できないことを理由に倒産法を使用して、民事再生法などで会員の債務圧縮をするという理不尽な処理をしたのです。人道的に許されることではありません。ゴルファー保護政策が急がれていますが日本は正しいものが勝てない。
10周年でゴルフ場経営の挫折、20周年はバブル経済の最盛期で狂乱相場の火消し役を、30周年は会社存続の危機に直面し、節目の年なのに記念行事をしたことはありません。


若い人たちを育て第三の創業期へ

 7年間、会社を経営してきて長年の夢だった「店頭公開」にはまだ至っていませんが、最後の力を振り絞って体系整備をしています。これまで女性だけであった会社に、中高年者や男性幹部が入り平均年齢を上げましたので、今年から新卒を採用する予定です。
若い力で新しい時代を切り開いて頂きたいと願っています。「礼節なくしてビジネスなし」の社訓に応えて、礼儀正しく心ある仕事でゴルフ社会に貢献して欲しいですね。
迎える新しい時代は、昔のように汗を流して歩くセールスではやっていけません。今や、書類でプレゼンテーションをし、電話で説得、訪問時にはすでに結論が出ていて取引するといった複合的能力が必要。インターネットなどを前提に使った時代だからこそ人間らしさが生きる時代でもあります。


これから必要なのは人間教育

 教育の難しさを思います。そんな中で、今の学校教育に足りないと感じるのは、先生の権威です。教育には厳しさが大事です。生徒と友達感覚で接するのではなく、縦関係であるべきだと私は思います。学校は親に遠慮をし過ぎている。教育に関わる者はもっと自信をもたなければ。
また社会に出た場合、学校教育の中で何が大事かと言うと「スポーツ」で、特にチームプレーによって連帯感や忍耐力を養って欲しいですね。今の若い人は知識が先行し、人間としての常識が少し足りないと感じます。昔のように黙って仕えろというのは難しいですね。与えて許す、見返りを求めないこと。これは経営も教育も同じですね。
小・中学校の教育では、知育教育と同じだけ体育徳育をバランスよく教えるべきだと思いますが、今の学校では行き届いていない状況です。塾こそスポーツを取り入れ、「塾」本来の寝泊りをしてレクリエーションなどを通じて人間教育をしていただきたいです。
また塾は学校のように平均的レベルを上げるのではなく、お金をある程度頂けるのですから、優秀な人を教育する場所であって欲しいと願っています。学校で不足している人間としての教育を塾が担い、学校との差別化を図っていただきたいですね。経済的原理ではなく教育的原理に立って子供を育ててやるという情熱が必要。
関塾さんでも、レクリエーションなど本当の意味での情操教育につながるようなことを、ぜひ実践していただきたいと思います。


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