関塾ひらく「インタビュー」 各界で活躍する著名人に教育や経営をテーマとしたお話を伺いました。
ヘルメス・ジャパン(株) 代表取締役 小林真一氏
真のビジネスマンとは?身勝手な官僚制にのまれるな!
 
Profile
昭和9年大連に生まれる。
敗戦2年目に淡路島南部に引き揚げ、三原高校から大阪市立大学を経て、東洋棉花株式会社(後のトーメン)に入社。約10年間の下積み経験の後、ハンブルグ支店、東欧支配人を任されるなどヨーロッパに活躍の場を与えられ、大きく開花する。が、男のジェラシーが渦巻く会社に決別し1980年起業、独自路線を維持しつつ今年29年目。2007年10月、小説「炎の商社マン」(上下二巻)で作家デビュー。今や著書5冊が大手書店に並ぶ。



高度経済成長期に大手企業の商社マンを務めるも、会社の官僚体質にはことごとく反発。その型破りかつひたむきで前向きな姿勢を貫き、独自に商談を次々とまとめ上げ、ヨーロッパに活躍の場を与えられるも、最終的にはスッパリとサラリーマン生活に決別したという小林真一さん。自身で会社を起こされ、現在は、これまでの経験談をもとに自ら創作・出版した処女小説が当たり、さらなる創作意欲にかきたてられる日々です。そのバイタリティあふれる生き様と、人を惹きつけてやまない魅力を探るべく、お話をうかがいました。

終戦直前に母親と死別 幼い弟と逃亡生活を体験


父親の仕事の関係で「アカシヤの大連」に生まれ、その後奉天から新京へと移り住みました。終戦直前の昭和20年8月1日、思いもかけぬ母親の死に直面し、まだ4歳でしかも病弱の弟を抱えて途方に暮れた私はまだ11歳でした。40歳に達した父親のもとにも赤紙が届き、前線部隊に配属されていたのですが、妻の死の知らせを受けて父は突然私たちのもとに帰ってきたのです。状況が状況ですから、父親の思考回路も狂い、配慮を欠いてしまっていたのでしょう。北朝鮮へと向かう疎開列車に私と弟の2人を乗せるといいます。私は反対しました。全満州で最も安全な場所といったら、ここ、新京しかないと。なんといっても関東軍本部のお膝元ですし、治安も安定しています。しかし結局、私たち兄弟は無理やり北朝鮮行きの列車に乗せられてしまったのです。


弱冠11歳ながらもタバコの訪問販売に成功

弟の発熱で途中の奉天駅で降り、私たち兄弟は誰一人頼れる人のいない地で難民生活を送ります。9月に入り新京へと引き返したのですが、それはまさに、 生きる ための自己判断でした。
新京には人々が差し当たっての収入を得るために開いた野外市場が点在していて、そこへ行けば何でもありました。級友の一人がタバコを売っている姿を目にした私は、彼の仲介で卸商に引き合わせてもらうことに成功。「買い手も多いけれど売り手も多い…はて、どうやって売ったらいいものか…」私の頭の中にある閃きが!「大人の男の人の大半がタバコを吸う。でも、父もそうだったように、ソ連軍を恐れて家からほとんど外に出られずにいるのでは…。だったら、タバコを切らして困っているのでは…?」。住宅街に飛び込んで、家のベルを押してみると、案の定「おっ、タバコ売りか!これはありがたい、全部もらおう!」。こうして、私は誰も気づかなかった訪問販売に成功したのです。


生涯で最も充実した学びの時

ソ連軍進駐で、学校は閉鎖されました。五年生に進級した時の担任、緒方敬介先生が自宅の二間を開放して私塾を始められたとの朗報を耳にし、そこに通うことにしたのです。「和光同慶」という老子の言葉に倣ってその名も「同慶塾」といい、五年生・六年生合同の授業でした。教科書をあまり使わず独自の教育を展開される緒方先生の授業はとても素晴らしく、それはまさに、普通の小学校の二年分にあたるくらいの充実した内容でした。
敗戦2年目に私たち家族は淡路島南部に引き揚げるのですが、そこでも素晴らしい出会いがありました。私が進学した地元の三原高校の一年生の時の担任で体育教師の坂本敏雄先生と、国語古文教師の山本正二先生です。尊敬すべき点は、何といっても生徒一人ひとりの個性をしっかり見極めようとしておられたこと、そして、授業を通して学ぶことの楽しさにも気づかせてくださったことです。文武両面で、私はお二方を生涯の指導者と仰いでいます。


名門商社に風雲児現る!

大阪市立大学を卒業した私は1957年、東洋棉花株式会社(後のトーメン)に入社します。幼くして満州からの引き揚げを経験した苦労人ではありますが、どうにも向こうっ気が強いといいますか。年功序列からすれば先輩も先輩、大先輩である部長や専務、直属の上司であろうと、仕事を怠けてあぐらをかいているような輩は歯に衣着せず、大声で「ダメ」「アホ」呼ばわり。もちろん、彼らをそう詰るからには、仕事ぶりも相当な型破りでした。下積みを経験した後、ヨーロッパ全域を任されるというビックチャンスを掴んでからはさらに本領発揮!総合商社が扱う全分野で大型商談を、一人でどんどんまとめてきました。それこそ休日も返上で各地を飛び回りましたし、相手が大企業の社長であろうと臆することなどありません。「今、何かお困りのことはありますか?」と訊ね、相手の弱点である部分の解決案を提示して、積極的に信頼関係を築き上げました。他人と同じことをへり下ってやっていても、何の役にも立ちません。
やがて、他商社が50代の部長経験者を据える「東欧支配人」に弱冠42歳で抜擢され、トーメンの歴史上初の大型プラント案件を次々と手がけることになりました。今思えば、理解ある上司のバックアップのもと、ずいぶんと自由にやらせてもらったと感謝しています。
しかし、男のジェラシーというのは、予想をはるかに超えて根深い…。そのごたごたに嫌気を感じた私は、サラリーマン生活そのものに自らピリオドを打ったのです。


実体験をもとに綴った処女小説が注目される!

処女小説『炎の商社マン』(上下二巻)はそんな商社マン時代、欧州全域での駐在体験を基に書き上げたものです。版元の「きらめく星座社」は、私が45歳で起こしたヘルメス・ジャパン株式会社の一部門ですから、自費出版のようなもの。最初は正直、「書店が相手にしてくれるかどうか…」と不安もありましたが、我が社の営業社員が飛び込みで書店をまわってくれたところ意外に好反応で、今や全国の主要都市の200店舗以上の大手書店で名の売れた作家たちの作品と並んで展示されています。中には、売上ランキングベスト10内にランクインを果たす書店も出てきています。その後も小説『はぐれ狼が奔る』、エッセイ集『アルプスの小川』、最新作『ブラック?ホワイト?』と刊行、著書5冊が有名書店に並ぶまでに至りました。この本たちが、少なからず現代の迷えるビジネスマンたちの心をプラス志向へと導く道標となってくれれば、こんな嬉しいことはありません。

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