関塾ひらく「インタビュー」 各界で活躍する著名人に教育や経営をテーマとしたお話を伺いました。
株式会社TBM 代表取締役 山ア 敦義 氏
100年先も世界で挑戦し続ける会社をつくりたい
 

株式会社タニサケ 創業者・代表取締役会長 松岡 浩さんに聞く
Profile

1972年大阪府生まれ。20歳で中古車販売業を起業。30代になり、グローバルで勝負ができて100年後も継承される、人類の幸せに貢献できる1兆円事業を興したいと奮起。2011年に株式会社TBMを設立。2014年ニッポン新事業創出大賞「復興賞」受賞。Job Creation 2015「特別賞」受賞。Japan Venture Awards 2016「東日本大震災復興賞」受賞。

LIMEXのここがすごい!
@主原料は世界中にほぼ無尽蔵に存在し、日本でも唯一自給 率100%の石灰石だから経済的。
A原料に水や木をほぼ使用することなく紙代替を製造でき、 さらに石油由来成分を抑えプラスチック代替も製造可能。
 環境に優しい、次世代型素材です。

■可能性を信じゼロからのスタート

  石灰石(ライムストーン)とポリエチレンを原料とする紙「ストーンペーパー」と出会ったのは2006年。当時「ストーンペーパー」を製造しているのは、世界中でも台湾のメーカー一社だけでした。材料となる石灰石は世界中にほぼ無尽蔵に存在し、安価で製造方法もシンプル。世の中ではちょうどエコに対する意識が高まっていましたし、大きな可能性を感じ、2008年には輸入を開始しました。
 課題は高価で品質が不安定、紙としては重いということ。ただし、この3つは解決できると思っていたし、世の中に貢献できる、ニッチながらこれから広く活用される素材だという確信はあったんです。
 投資にはリスクはありましたが、台湾のメーカーと一緒になんとか改善したいと考えていたのです。しかし、品質に対する彼らとの意識の違いを超えられず、国内での工場設立と製造を決意しました。最後まで自分たちの手で成し遂げるという覚悟のもと、2011年にTBMを設立。研究施設も試作するための設備も何もない状態からのスタートでした。


■資金調達に奔走迎えた転換点

  必要な施設を借り、機械メーカーの協力を得ながら技術開発を進め、一方で資金調達に奔走する日々が始まりました。世の中に貢献できる意義のある事業だと信じていましたから、正直、もう少し簡単に集まると思っていたんです。ところが、リーマンショックの影響を受け、資金調達は困難の連続でした。
 海外、特に紙の製造に必要な水資源の乏しい国では、興味を示してくれるものの、「工場ができて、製品ができたらもう一度来てくれ」と言われるばかり。当然ですよね。手応えはあるものの資金は集まらない。家賃の支払いも滞るくらい生活も苦しくなり、自分では気づかないうちに、みるみる痩せてしまって家族や友人には心配をかけました。悔しくて虚しくて、それでも「できなかったらどうしよう」ではなく、「やるしかない」という気持ちでとにかく戦うしかありませんでした。
 大きな転換点となったのは2013年2月。経済産業省が主宰するイノベーション拠点立地推進事業「先端技術実証・評価設備整備費等補助金」に採択されたんです。同じ頃、バーレーン王国から正式に契約を進めたいという外電が届いていたのですが、これも追い風になったと思います。とても信じられませんでしたが、工場設立に必要な資金約20億円のうち、約9億円の助成金を獲得できました。
 補助金を獲得してからも資金繰りに追われていましたが、この苦労は夢を実現するための前を向くための戦い。幸せな苦労でした。さらに実機での量産まで1年以上の試行錯誤を経て、設備が稼働した瞬間は本当に感無量でした。

■国を超え、世代を超えて“時代の架け橋”に

   「人の役に立つ仕事がしたい」と考えるようになったきっかけは、30歳で経験した欧州旅行。これがターニングポイントでした。数百年前に何世代にもわたって建てられた建造物が、今も残っていることに感動したんです。自分では完成した姿を見ることはできないのに、何世代も先の人たちのために人生を費やす。私にはそんな建物を造ることはできませんが、次の世代に受け継がれて、彼らが100年先も世界で挑戦し続けられる会社をつくりたい。そんな仕事がしたいと思うようになりました。社名のTBMとは「Times Bridge Management」という意味。“時代の架け橋になるような会社”にという思いが込められています。
 宮城県での工場設立を考えたのは、東日本大震災直後に支援に向かった経験から。海外からの派遣部隊が救援活動に当たる姿を見て、彼らに救われた地元の人たちの手で、ここから海外に恩返しができないかと思ったんです。工場で働くのは地元の若者たち。ライメックスは世界に貢献できる素材だと誇りを持って、世界で待っている人たちの期待に応えようと頑張ってくれています。


■「何をするか」ではなく 「何のためにするのか」 を自問する

   私は20歳で中古車販売業を起業して、若くして子どもも授かりました。そのまま順調にいけば、それなりに安定した人生を送れたかもしれません。ただ、年をとって振り返った時に、自分はどう思っただろう。経営者としてのスキルは上がったかもしれませんが、人間力は伸びなかったかもしれません。30代後半でどん底に落ちて、がむしゃらに頑張っていた若い頃の感覚を味わえたからこそ、慢心せずに歩めたんじゃないか。いろいろな意味で、いい経験をさせてもらえたと思っています。
 子どもたちには「何をするのか」より「何のためにするのか」を考えられる人になってほしいと思ってきました。「何のために」が美しければ、そこに準じた行動、生き方ができると思うんです。人のため、人が喜ぶ顔を見るために必死で行動できるかが大切なのではないでしょうか。
 私自身、誰かのためと思えばこそ、戦えたんだと思います。そこに大義がなければ、厳しい戦いには耐えられないでしょう。苦しい時ほど、人間力が試されるし、人間の本質が出る。熱意とあきらめない姿勢が信用につながったからこそ、たくさんの仲間が「ひと肌脱いでやろう」と言って協力してくれたんだと思います。
 私が育った大阪の河内長野は、仲間同士の絆が強く、義理人情に厚い人が多い。上下関係も厳しく、人間としても随分鍛えられました(笑)。社会貢献というと美談に聞こえますが、期待して待ってくれている人、自分を信じて出資してくれた仲間、お世話になった人たちを裏切ってはいけないという気持ちがあったから成し遂げられたことだと思っています。
 ライメックスは今、国内での注目度が上がり、私たちと同じように熱い思いを持ってチャレンジしてくれるパートナー企業も増えています。国内での普及を進める一方で、注力したいのはやはり海外。例えば中近東の国々では、人口増加に伴い紙の需要が高まっています。サウジアラビアとは、日揮株式会社と協力して基本合意を取り付け、量産に乗り出しました。また、アメリカのスタンフォード大学で開催された「日米イノベーションアワード」で、革新的な会社を表彰する「イノベーション・ショーケース」を受賞しました。
 認知度が上がり、国内外でさまざまな形で活用されることで、さらに用途は広がると感じています。これからも、一緒に感動できる、素直に感謝できる仲間たちと夢を追いかけたいですね。


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