関塾ひらく「インタビュー」 各界で活躍する著名人に教育や経営をテーマとしたお話を伺いました。
いすみ鉄道株式会社 代表取締役社長 鳥塚 亮氏
社員・地域が誇るローカル線を目指して“ブランド化”に挑む
 
Profile
JR東日本テクノハートTESSEI おもてなし創造部 顧問 矢部 輝夫氏1960年東京都生まれ。筋金入りの鉄道ファン。明治大学卒業後、学習塾職員などを経て、大韓航空、英国航空(ブリティッシュ・エアウェイズ)に転職。副業で鉄道前面展望映像の制作会社「パシナコーポレーション」を経営。旅客運航部長だった2009年、いすみ鉄道の社長公募に応募して採用。数々の営業努力で収支を改善し、廃線の危機を乗り越えた。

外資系航空会社の部長職から転身、廃線の危機に瀕した第三セクター鉄道の社長に、公募で就任した鳥塚亮社長。
筋金入りの鉄道ファンならではの夢と遊び心あふれるアイデアで、会社再生・地域活性化に邁進する鳥塚社長にお話を伺いました。


■50歳目前、 自らの生き方を問う


 妻にいすみ鉄道の社長公募の新聞記事を渡されたとき、私は48歳。50歳という人生の節目を前に、生き方に対して漠然とした疑問を感じていました。英国航空日本支社といっても一営業拠点で、言ってみれば日本で稼いだお金をイギリスに運んでいるということ。日本は不況で苦しんでいるのにこれでいいのか、ほかにできることがあるんじゃないか、と考え始めたんです。
 そんなときに舞い込んだ募集記事に「自分のやりたいことを具現化したい」という思いが重なって、鉄道会社で働くという子ども時代からの夢に、一歩踏み出す決意をしました。それに、子どものころ父の実家がある勝浦でよく遊んだ私にとって、いすみ鉄道(当時は国鉄来原線)は思い出の列車。これまでたくさんの人たちの努力で守られてきた鉄道を、自分たちの世代で廃線にしてはいけないという思いがありました。といっても、きっと不採用だろう、と軽い気持ちで応募したんですけど(笑)。


■「なにもない」を強みに “ブランド化”を掲げる

 社長就任当初から掲げてきたのがいすみ鉄道の「ブランド化」。なぜなら、ブランド化に適している2つの理由があるからです。ローカル線にとっての商品は「座席」ですが、いすみ鉄道は一時間に一本、しかも一両編成の車両ではせいぜい40席が限度。商品数が少ないのに安売りする必要はありません。これは限定品と同じ考え方です。
 もう一つ、ローカル線が「お取り寄せ」できない、わざわざ乗りに来ないといけない、いわゆる買回り品であること。日用品と違って、人は嗜好性の高いものには、多少ぜいたくするものでしょう。最初から勝算があったわけではありませんが、ブランド化を進めることができれば、上昇スパイラルが生まれる、という確信はありました。
 観光鉄道の売りは、SLや豪華寝台列車などの車両、または風光明媚な風景です。でもここには田園風景しかない。観光鉄道の競争に参入しても、お客さんの期待に応えられないばかりか、「期待はずれだ」とクレームにつながってしまう。実際、テレビや雑誌を見て来られた東京のお客さんが「せっかく来たのに何もないじゃないか」と怒り、サポーターの方が謝る場面がありました。都会の人が田舎を見下すような構図では、地方活性化なんてあり得ません。
それなら最初から競争に加わらなければいい。そこで作ったのが『ここには、「なにもない」があります』というポスターです。対象を絞り込み、「なにもない」ことの良さがわかる人にだけ来てもらう。それがファンビジネスであり、ブランド化にほかなりません。
私にとって幸いだったのは、社員がとても熱心に協力してくれたことです。もちろん、はじめは疑心暗鬼だったはず。「鉄道マニアの公募社長」が立て直しなんて、誰でも無理だと思いますよ(笑)。でも、彼らにとっても後がない。どうにかしたいのに方法がわからないという状況だったから、思いが一致したことで一生懸命取り組んでくれました。また、公募社長を迎える場合には重要なことですが、行政つまり千葉県や大多喜町が、受け入れ準備をしてくれていたこともありがたかったですね。


■お金が落ちています

 業界内の非常識は、他業界の常識。よく「アイデアの原点は?」と質問されますが、私はこの考え方で他業界の先人による優れたアイデアを取り入れただけなんです。例えば、観光鉄道の弱点である雨ですが、雨で集客率が下がる商売はほかにもたくさんあって、割引やポイント2倍など、みんな工夫しています。ただ、凝り固まった鉄道業界では誰もチャレンジしていなかった。資金と時間があればいろいろ検証しながら進めるけれど、うちはとにかく実践して結果を出していくしかありません。そうして実現したのが、就任3ヶ月後に運行を開始した「ムーミン列車」であり、1965年製の旧型ディーゼルカー「キハ52」の導入、「700万円訓練費用自己負担運転士」の募集などのアイデアでした。
 就任当初、私は地域の皆さんに「ここにはお金が落ちています。私はそれを全部拾って歩きます」と言いました。地域の人たちこそが、地域の魅力に気づかず、宝の持ち腐れをしていると。キハ52目当てにやって来る「撮り鉄」たちは、冬でも夏の炎天下でも、田んぼのあぜ道でカメラを構えています。そこがポスターの撮影場所だからであり、車両だけでなく「田園風景を走るキハ52」を撮りたいからです。これこそ“土地の力”でしょう。ここ数年でようやく、地域の人たちもわかってくれるようになりました。

地域の“広告塔”として存在を許してもらうこと

 重要なのは、赤字続きのローカル線が“存在を許してもらう”こと。ローカル線は、新幹線のような通過旅客は見込めないし、バスやタクシーなどの関連ビジネスもできません。だからこそ「赤字だから廃線」ではなく、地域の皆さんや社員が誇りに思えるような存在を目指さなくては。その上で、安定的に地域貢献ができると考えています。交通機関としての利便性ならバスに及びませんが、鉄道には“地域資源”になるポテンシャルがあると信じています。だから、鉄道が地域の“広告塔”になって、地域活性化の糸口になるなら、別に電車に乗らなくてもかまわないんです。鉄道の一人勝ちなんてあり得ませんから。
 今後の目標は「脱・第3セクター」。独り立ちするための次の一手を打たなければいけません。海外では一般的ですが、CSR(※)の一環として大手企業に出資・支援してもらうのも一案。企業の社会的存在価値を高めるだけでなく、結果として地域も相乗的に発展するというストーリーです。30、40代の若い世代や先見の明がある人たちは、前世代的な都会志向やその弊害から脱し、地方の価値に目を向け始めています。今度は私たちが、そうした都会の人たちのニーズの変化に気づき、その魅力を発信していく時代。そんな時代はもう間近だと思います。

どんな時代も子どもに夢と希望を

 もし私が塾を経営するなら、優秀なのに、家庭の事情などで思うように教育を受けられない子どもたちが、思う存分勉強できる塾をつくりたい。いすみ鉄道では、日本シングルマザー支援協会とともに、母子家庭の親子を招待するイベントを実施しています。やはり子どもたちには「夢と希望」を持ってほしいですからね。
 学習塾に勤めていた経験から、塾は勉強を教えるだけなく、「人をつくる」引いては「未来をつくる」尊い仕事だと思っています。生徒にとっては出身校も同然です。当社がそうであるように、たとえ反対派がいても、長期的な目標を掲げ、そこに向かって歩むことが大切ではないでしょうか。

※corporate social responsibilityの略。企業の社会的責任



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