「滅びゆく平家のよう」と揶揄されるほど凋落していた組織で、“生ビール路線”を打ち出し見事に再生を遂げたアサヒビール。強豪キリンビールが勢力を伸ばす中、いかにして小は大に勝利することができたのでしょうか。また、今を生きる世代が忘れてはならない日本人の美質とは。アサヒビール再生の道を開いた知将・中條高コ氏にうかがいました。
生活用品の開発、製造、販売を行うアイリスオーヤマ株式会社の大山健太郎社長は、19歳で経営に就いて以来、常に「ユーザー目線」で発想し、ビジネスを展開してきました。社員の教育では、人柄と意欲を重視するという大山社長。その考え方について、東日本大震災のエピソードとともに語っていただきました。
最高級のサービスを提供する「セント レジス」ブランド。 その日本進出として注目を集めるセント レジス ホテル大阪の総支配人に石原哲也氏は着任されました。 石原氏の考えるサービスと従業員教育の秘けつについてお話をうかがいました。
警察庁キャリアとして活躍し、外務省、防衛庁(現防衛省)勤務や内閣総理大臣秘書官をはじめ、国内外のさまざまな危機管理の経験を積んできた金重氏。日米文化の違いや「東日本大震災」後の企業の震災対策について、お話をいただきました。
2000年、オリンピックの女子マラソンで日本初の金メダリストを誕生させた小出義雄監督。 肩の力の抜けた口調や豪快なパフォーマンスが注目されがちですが、選手の指導には深い愛情と洞察力、そして緻密さがうかがえます。 小出流育成法と監督自身のパワーの源についてお話しいただきました。
バレーボール選手として全日本チームで活躍するかたわら、教師になる目標をあきらめず現役引退後に転身、さらに会社経営にも挑戦してきた三屋さん。そのバイタリティーの源は人生の転機でもらった恩師の言葉だったといいます。これまでの歩みを教育者、経営者としての視点から語ってくださいました。
23歳という若さで東幸海運株式会社 代表取締役に就任した笹木秀雄さん。 一貫したスタンスから、2代目の重圧に打ち勝った理由が見えてきました。
デフレ状況の今、悩める経営者たちに集客のノウハウを伝授する経営コンサルタント 藤村正宏氏。 「モノ」ではなく「体験」を売るというマーケティング論「エクスペリエンス・マーケティング」(エクスマ)を裏付ける生き様や、塾経営にも実践できるノウハウについてお話しいただきました。
連合赤軍浅間山荘事件で現場指揮官として手腕を振るうなど、数々の場面で日本の治安維持に貢献してきた佐々淳行さん。その目には現在の教育はどのように映っているのでしょうか。戦前戦後のご体験をもとに教育のあり方を語っていただきました。
吉田たかよし先生は、脳医学の立場から、どうすれば勉強・教育の効率が高まるのかを研究し、受験生やその父母などにアドバイスを送っていらっしゃいます。 教育に対するお考えを、教室で実践できるノウハウも含めてお話しいただきました。
「東大阪から人工衛星を打ち上げる!」という壮大な計画を立ち上げ、実行させた株式会社アオキ・青木豊彦社長。バイタリティ溢れる青木社長の原動力とはなにか? なぜ人工衛星を打ち上げたのか? そして、ご自身の経験を元に、子どもたちとの接し方をうかがいました。
薬剤師、童話作家、国会議員、財団理事長というキャリアのなかで、長年子どものための取り組みを行ってきた肥田美代子氏に、日本の教育の問題点やこれからの教育のあり方について伺いました。
社員5人の会社ながら、細さ0・2ミリの「痛くない注射針」など、他では作れない製品を数多く実現させてきた岡野工業。その技術を引っ張ってきた岡野氏に、経営や教育に対する独自の考えを語っていただきました。
IT通信の分野で5つもの会社を起業し、いずれも成功に導いたその開拓精神、起業家のDNAとは何か、ベンチャーを成功に導く秘訣は何かをお話いただきました。 また、広い視野からみた日本の教育への提言をご自身の経験と合せてお伺いしました。
まさにオリンピック・イヤーとなった2008年!子供服のトップブランド「ミキハウス」の社長であり、これまで数多くのトップアスリートの育成に大きく貢献し続けてきたことでも知られる、株式会社ミキハウス社長・木村皓一さんにお話をうかがうことができました。今や、オリンピックや世界選手権をはじめとする国際大会で活躍し、メダル保持者となった柔道家の来歴について綴られる文章の中で、「柔道の名門」と評されることが自然となったミキハウスですが、柔道にしても卓球にしても、木村さんが選手を引き受けはじめた頃は、まだ世間では今よりずっとマイナーなイメージだったのだそう。まさに先見の明あり!並々ならぬ懐の深さを感じさせられます。温厚な笑顔の奥にのぞく、木村さんの、年齢を重ねてなお磨きがかかる柔軟な発想力とパワーの源に迫りました。
高度経済成長期に大手企業の商社マンを務めるも、会社の官僚体質にはことごとく反発。その型破りかつひたむきで前向きな姿勢を貫き、独自に商談を次々とまとめ上げ、ヨーロッパに活躍の場を与えられるも、最終的にはスッパリとサラリーマン生活に決別したという小林真一さん。自身で会社を起こされ、現在は、これまでの経験談をもとに自ら創作・出版した処女小説が当たり、さらなる創作意欲にかきたてられる日々です。そのバイタリティあふれる生き様と、人を惹きつけてやまない魅力を探るべく、お話をうかがいました。
高級官僚から天下りという道を歩まず、「輝いて生きたい」という熱い思いから、ベンチャー企業を立ち上げた一柳良雄さん。幾つもの壁にぶつかりながらも、逆境をバネに経営の本質を見出してきた逞しさがあり、その表情には自信がみなぎっています。「どう生きるか」を問い続ける一柳さんが大切にしていること、そしてこれからの世を担う子どもたちが何を学ぶべきか、などを語っていただきました。
荒廃する日本の文化を憂慮する声も少なくない昨今。そんな中、日本文化の良さを再発見し、世界に向けて発信していく活動に積極的に携わる人に出会いました。森之宮神社の宮司を務める、石崎正明氏です。いまや数少ない「日本文化を語れる日本人」とも評される石崎氏に、現代の子どもたちに託したい想いを語っていただきました。
世界の動きを察知し、社会におけるITの変革期とともに自らの進化を追求してきたフューチャーアーキテクト株式会社代表取締役会長CEO 金丸恭文氏。自らで行動を起こし困難に立ち向かう、人材の育成についてお伺いしました。
株式会社ニチイ(現・株式会社マイカル)の創業者である夫の西端行雄氏とともに商いの道を歩まれた、西端春枝氏にお話を伺いました。著書「縁により縁に生きる」にも綴られる夫婦二人三脚で歩まれた歴史は奥深く、慈愛に満ち溢れるものでした。
通商産業省で31年間ご活躍された野々内氏は、経済産業調査会理事長として、経済産業施策の普及・啓発事業に取り組まれています。経済産業調査会理事長のほかに、あいさつの運動やホスピタリティ協会での活動を積極的に行い、家庭教育や人間関係の重要性を実感しておられます。野々内氏に、教育に対する考え方をお伺いしました。
日本におけるコンピュータの黎明期から、情報産業の振興に携わってこられた財団法人日本情報処理開発協会会長 児玉幸治氏。長年にわたって積み上げられた経験から、企業姿勢のあり方をはじめ、日本の未来を担う子供達にとって、必要な教育とは何かをお伺いしました。
エステティック業界のカリスマとして、ご活躍されているたかの友梨ビューティクリニック代表たかの友梨氏。美を追求し続け、心も体も癒されるエステティックの実現を目指して、新技術の導入、事業拡大などのチャレンジをし続けておられます。そんな自らの経験から学ばれた人生哲学をお伺いしました。
弱冠26歳で創業し、当時信用の薄かったゴルフ会員権ビジネスに革命を起こすべく、お客様の立場にたったコンサルティング営業を提唱してこられた株式会社桜ゴルフ代表取締役、佐川八重子氏。37年にわたる経営人生の中で学んでこられた人生哲学をお伺いしました。
日本航空(JAL)で40年間のご活躍され、JALUX特別顧問であられる横山氏は、東京都学校経営支援センター顧問として、学校教育の改善にも取り組まれています。横山氏に、現在抱える教育の課題とこれからの進むべき道についてお伺いしました。
経営管理分野の第一人者として経営管理の理論と実践を研究してこられた小林末男氏。教育者になる決意をされて以来、教育に対して深い愛情と情熱を注いでこられました。小林氏に、ご自身の経験を交えた教育に対する考え方をお伺いしました。