関塾ひらく「インタビュー」 各界で活躍する著名人に教育や経営をテーマとしたお話を伺いました。
近畿大学 経営学部 経営学科 教授 藤井 純一氏
互いを知り価値観を共有してこそ、組織は強くなる
 
Profile
1954年、大阪府生まれ。東京大学工学部建築学科卒業。東京大学大学院修士課程修了。菊竹清訓建築設計事務所勤務を経て、1985年プランテック総合計画事務所設立。主な受賞に「東京建築賞」「日本建築家協会新人賞」「BCS賞」など、主な作品には「ソニーシティ(東京)」「細見美術館(京都)」「武田薬品工業株式会社湘南研究所(神奈川)」などがある。
建築家として数々の賞を受賞し、業界の注目を集めてきた大江匡氏。
独立後、プランテック総合計画事務所を創立してから30年あまり、常に革新的な戦略で7社からなるグループに成長させ、
経営者としても手腕を発揮する大江氏に、建築家・経営者としての哲学やその原点を伺いました。


生き残りの鍵はブランディング


 大学の建築学科卒業後、菊竹清訓建築事務所に約7年所属し、純粋に設計図を引いていたのは前半の4年ほど。その後は設計業務をしながら、通産省(現経済産業省)の委託調査報告書作成、最後の1年はプロジェクトマネージャーをしていました。クライアントや建築家以外の人と接する機会が増えたことで、社会における建築家のあり方を考えるようになっていったんです。独立したのは30歳のころ。独立してどうしたいのか、当時は明確な考えがあったわけではなく、ただ、建築業界の性質を変えたいという漠然とした思い、将来的に自分たちの世代で建築業界に大きな変化があるという予感がありました。
 漠然とした中でも、プランテック設立当初から私が目指したのは、ブランディングの確立です。なぜか。当時の建築業界は、例えるなら個人経営の○△洋品店か、百貨店の2種類に大別できました。それぞれ良さはありますが、○△洋品店はどうしても品揃えが悪く、さらに店主がいなくなれば潰れてしまう可能性が高い。一方、百貨店の場合はどの程度の知識・スキルを持った人が対応してくれるのか分からない。私が目指したのはその中間、つまりある程度の規模があって品揃えもよく、かつ資本やデザイナーが変わっても生き残ることができる企業をつくろうと思ったわけです。
 参考にしたのはファッションブランドでした。例えばChanelは、ココ・シャネルという人がいなくなった今も、ブランドとして生き残っている。これはブランディングが確立されているから。設計の世界に必要なのはこれだと思い至ったんです。
 経営は設立当初から順調でしたが、ブランディングに取り組んだことが本当の意味で正しかったと感じたのは、パソコンが劇的に進化した1990年代以降。デジタル化が進んだことで、多くの企業が生き残りの選択を迫られることになりました。
 これからの時代は、特に医者や弁護士、公認会計士など、建築家を含む許認可事業が装置産業化すると考えました。命に関わるような先進医療を受けたい人が、町の個人病院を選ぶか?おそらく選ばないですね。つまり、アナログ時代なら、どこも条件は同じだから小規模でも勝負できたのに、パソコンの進化をきっかけに、一定規模の設備やシステムを保有できなければ生き残れない時代になったということ。コピー機と製図板一枚あればできるといわれていた建築業界も同様です。システム化された時代には、社会にインパクトを与えられるようなものをつくらないと大手とは勝負にならない。いまだに大手の牙城である建築業界で、当社が評価を得ることができたのは、ブランディングに基づき、クライアントの要望にきちんと応え、責任を果たせる企業づくりをしてきたからだと思っています。


“自転車で20分の範囲”で愛されるために

 社内の変革と同時に進めていったのが、地域密着型のチームづくりでした。では地域に愛されるクラブとは何か。これを学ぶため、2000年の社長就任後に訪れたのが、ドイツの名門サッカークラブ「バイエルン・ミュンヘン」です。約1ヶ月間毎日、さまざまな業務を研修させてもらいました。ファンサービスのあり方を含め、クラブ運営に関わるすべてをここで学んだと言っても過言ではありません。セレッソでは、そのノウハウを日本流にアレンジして実践していったのです。
しかし当時、大阪ではすでにガンバ大阪が人気を確立しており、ホームスタジアムである大阪長居スタジアム(大阪市東住吉区)周辺の住民でさえ、ガンバは知っていてもセレッソは知らないという状況。地域密着型のチームづくりの前提として必要だったのが認知度向上でした。そこで、ガンバの本拠地である大阪府北部では勝負せず、思い切って南部、しかもスタジアムから「自転車で20分の範囲」に絞り込み、まずは近隣の方に知ってもらえばいいと判断したのです。あとはベタベタの営業活動ですよ。商店街の店を一軒一軒回り、町内で盆踊り大会があれば参加しました。盆踊り用に「セレッソ音頭」を作って一度でいいから流してほしいと頼み込んだこともあります。アイデアがあればまず実行、失敗したらやめればいい。大切なのは1にスピード2にスピード、考える前にアクションを起こすことです。アイデアを果敢に実践していった結果、サポーターと話し合いを行う月に2回の「サポーターズミーティング」やアウェーの試合を観戦する「アウェーバスツアー」などの画期的なアイデアが生まれ、着実に実を結ん
でいったのです。こうして、黒字転換と地域に愛されるチームづくりという目標を成し遂げた2004年、セレッソの社長を退任しました。


イノベーションのヒントはすぐそばにある

 業界でいち早くブランディングに取り組むということは、当時はまさにイノベーションでした。でも振り返ってみると、私の人生はイノベーションの連続なんです。
 最初のイノベーションは小学校3年生のとき。ある先生が「問題集を半分解いてきなさい」と宿題を出したので、言われた通り半分解いて提出したら、呼び出されてしまった。前半20問ではなく奇数番号の問題だけを解いたからです。というのも、この問題集は奇数番号が基礎問題、次の偶数番号がその応用になっていた。そこで、先に基礎問題だけ問いて、後日偶数番号の問題を解けば復習ができると考えたわけです。結果として、翌年から小学校全体がこの方法を始めました。
 また、文芸部と野球部で忙しかった高校時代には、とにかく効率よく短時間で勉強を済ませたかった。だから、3月に配布された教科書を春休み中に読破しました。そうすれば授業は復習になるし、成績を下げることなく、好きな部活動に熱中できると。大学でも同様、どうすれば効率的かを考えて行動した結果、周囲や学校全体のシステムを変えてしまったという経験をいくつもしてきました。
 イノベーションとは、システムの変更です。小学校3年生でもできる。ヒントはすぐそばにあって、業界を変えるようなイノベーションでも、あっという間に起こせると考えています。重要なことは、まず物事の本質を見極めること。そして自主性も大切ではないでしょうか。
 現在の当社の場合、私が経営陣に示すのは将来的な方針やシナリオであって、イノベーションの方法ではありません。子育ても同様で、息子には勉強の内容そのものではなく“効率的な学び方”を教えてきました。また、自主性を養うことで、人間に“味”が出てくるところも興味深いですね。


顧客・社会に貢献する不可欠な存在として

 会社として目指すのは、社会に不可欠な企業として、日本の産業を支えていくこと。私がよく社員に話すキーワードが「プロジェクト」と「ソリューション」です。設計したものは自分の“作品”ではなく、クライアントと一緒につくり上げる「プロジェクト」だと考えてほしいと思っています。そして、私たちの仕事は“デザイン”ではなく「ソリューション」を提供することであり、設備や施設によって、クライアントや社会に対してソリューションを与えるべきだと考えてきました。それが我々が目指す「ファシリティ・ソリューション」を提供するという企業の根本です。
 建物はがらんどうでは成り立たない。工場ならどのようにモノが運搬されるか、オフィスならどうすれば効率よく人が動けるか、人やモノの動線、配置も含めて突き詰めて考えなければなりません。プランテックグループは、主要業務である設計・監理業務だけではなく、生産工程や物流システムに関するコンサルティング業務といった設計以外の分野を含め、サービス・業容を拡大してきました。これは、クライアントが求めているだろうこと、我々がしなければならないだろうことを考えた結果です。一連のサービスでお客様のニーズを上から下まで満たし、社会が求めている機能やマーケットをすべて押さえることで信頼を獲得でき、存在感を高めることができるのです。

経営の極意は“モノの買い方”を売ること

 「モノは売るな、モノの買い方を売らなければならない」。これが私の基本的な考え方。要は、「白い靴が欲しい」という人に「うちにはありません」と答えるのではなく、「うちにはありませんが、□○靴屋にはあります」と答えられるかの違いです。後者の靴屋は、お客様の信頼を獲得できると同時に、答えるために業界の他社商品を端から端まで見るようになるはずです。
 塾も同じではないでしょうか。私がもし塾を経営するなら、競合をすべて知った上で、何をすべきか、保護者や生徒にとって何が本当に必要かを考えると思います。

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